もうすぐ、カタルーニャの国家の日ですよ。9月11日で、La Diada (ラ・ディアダ)か Onze de Setembre(オンザ・ダ・サテンブラ)と呼ばれています。



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18世紀にはスペインとカタルーニャの争いは続きました。ハブスブルグ王家とブルボン王家との争いでは、カタルーニャ人はハブスブルグ王家側につき、スペインの他地域はブルボン王家側につきました。1714年9月11日、最後の戦いにおいてバルセロナは陥落し、バルセロナ卿は、バルセロナを守りながら死にました。死の直前、自らの血にまみれた指で、カタルーニャの旗に四つの筋を描きました。これは言い伝えかもしれませんが、今のカタルーニャ旗は黄色と赤ですね。赤い部分はもともと血だったということです。

戦争で負けたカタルーニャは、ブルボン王朝のフェリペV世により、カタルーニャ政府の休止、カタルーニャ法の禁止、カタルーニャ語の禁止などの制裁を受けました。(Decret de Nova Planta)しかしながら、カタルーニャ民族は、家庭内で根強く自分たちの文化や言語を守り、古い世代から新しい世代にまで継承しました。



その象徴的な日、9月11日は「カタルーニャ国家の日」。「La Diada」(ラ・ディアダ)と呼ばれています。こうして歴史を振り返ってみると、カタルーニャ文化やカタルーニャ語を消滅させようとする動きがたくさんあったにもかかわらず、カタルーニャは、常に独自の文化を死守してきました。

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